今日、金曜ロードショーで
**名探偵コナン**が放送されていました。
せっかくなので、
久しぶりにコナンについてブログを書いてみようと思います。
※今から書こうとしているのはあくまでも僕個人の解釈です!
僕が初めてコナンを観た日のこと
ちなみに、僕がコナンを初めて観たのは
小5か小6の頃だったと思います。
サッカーの試合に行く途中、
友達の車の中で流れていたコナンの映画。
それが、僕とコナンの最初の出会いでした。
作品は
名探偵コナン 天空の難破船。
移動中で、決して集中できる環境ではなかったはずなのに、
なぜかその光景だけは、今でもよく覚えています。
最初に出会った作品って、
それだけで記憶に残るものなのかもしれません。
子どもの頃のコナンは「かっこいい探偵」だった
当時の僕にとって、コナンは
単純に「頭が良くて、かっこいい探偵」でした。
事件を解いて、
犯人を見抜いて、
最後に真実を明かす。
それだけで十分にヒーローだったし、
正直それ以上のことは考えていなかったと思います。
大人になって、忘れられなくなった事件
でも大人になってからコナンを観返すと、
どうしても心に引っかかる事件があります。
原作第七巻に収録されている
ピアノソナタ 月光殺人事件。
今思えば、
この事件がまだ第七巻という序盤で描かれているのは、
かなり異質です。
正しい推理でも、救えない命がある
この事件までのコナンは、
シャーロック・ホームズに憧れる
「探偵を目指す少年」だったと思います。
推理は正しい。
論理も間違っていない。
それでも――
人は死んだ。
島で医師として振る舞っていた人物が、
復讐の果てに選んだ結末。
名前は作中で明かされますが、
ここで大切なのはそこではありません。
コナンが、その命を救えなかったこと。
「自殺させた探偵は、殺人と同じだ」
周囲の大人たちは言います。
「犯人が選んだ道だ」と。
でも、コナンだけは違った。
自分の推理が、
結果的に人を死に追いやってしまった。
その現実を前にして、
彼の中に生まれた信念が、これだったのだと思います。
犯人を自殺させてしまうのは、殺人と同じ。
これは法律の話ではありません。
正義を振りかざす言葉でもない。
探偵として、人の命をどう扱うか
という、コナン自身の覚悟です。
少年の夢が終わり、探偵が生まれた
この事件を境に、コナンは変わります。
それ以降の彼は、
- 犯人が死を選びそうになれば止める
- 死んで逃げることを許さない
- 生きて向き合えと言い続ける
ただ事件を解く存在ではなく、
命と向き合う探偵になっていく。
それは優しさというより、
第七巻で背負ってしまった
取り返しのつかない後悔があるからだと思います。
公式も「重要な事件」だと示している
ちなみにこの事件は、
アニメ1000話放送記念としてリメイクもされています。
数えきれないほど事件がある中で、
節目にこの事件が選ばれた。
つまり公式もまた、
この事件を
名探偵コナンという物語の核
として扱っているのでしょう。
「江戸川コナン、探偵さ。」という名乗りの意味
だからこそ、
作中で何度も語られる
「江戸川コナン、探偵さ。」
という言葉が、胸に残るのだと思います。
それは、
推理ができるから名乗っている言葉ではない。
頭がいいから言っている言葉でもない。
一度、
人の命を救えなかった探偵が、
それでも探偵であり続けると決めた
覚悟の言葉です。
かっこよく名乗るための台詞ではなく、
自分に言い聞かせるための宣言。
逃げないための言葉。
だからこそ、
あの短い一言は、
何度聞いても重く響くのだと思います。
コナンが探偵としての在り方を決めた事件
ピアノソナタ月光殺人事件は、
コナンが探偵としての在り方を決めた事件です。
真実を暴くだけでは足りない。
推理が正しいだけでは救えない。
それでも、
命と向き合い続けることを選んだ。
小学生の頃、
車の中で何気なく観たコナン。
あの頃は分からなかったけれど、
大人になった今なら、
その重さが少し分かる気がします。

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