2025年を締めくくる、今年最後のブログを書きたいと思います。
今年は、僕にとって「書き始めた年」でした。
小説とブログを書き始めた年であり、そして歌の歌詞にも、これまで以上に注目するようになった年でもありました🎶
振り返ってみると、今年は「言葉」と良い意味で向き合い続けてきた一年だったのだと思います📖
それからもう一つ。
今年は本当にいろいろな場所へ行きました✈️
北海道、福岡、お台場、江ノ島、鎌倉、京都、神戸。熱海にも行ったかな…あれ?それは去年か⁇
記憶が曖昧です😅
江ノ島と鎌倉は近いですし、京都と神戸も実家から近いので、正直あまり「今年感」はないのですが…
それでも、並べてみるとちゃんと動いた一年だったんだなと思います。
そして多分ですが、今年は今まででいちばんラーメンを食べた年でもあったと思います🍜
北海道でも、福岡でも、ついラーメン屋さんを探してしまいました。
個人的にはやっぱり、北海道の「すみれ」本店の味噌ラーメンは特別でしたね。
あれはもう、「別格」という言葉がいちばんしっくりくる味でした。
普段は味噌ラーメンはあまり食べないんですけどね。
比べなくていい、と言ってくれた歌 🎧
昨日、Mrs. GREEN APPLE が「ダーリン」でレコード大賞を獲りましたね。
バンド初の三連覇。本当にすごいです。流石だなと思います👏
この曲の最後の一節。
「あの子にはなれないし、なる必要もないから」
この歌詞は、本当に優しい言葉だと思います。
「比べちゃう時もあるだろうけど、自分のままでいいんだよ」と、そっと言ってくれているような気がします。
僕は元々、あまり周りを気にしないタイプではありますが、
それでもやっぱり、どうしても人と比べてしまう瞬間はあります。
そんな時にこの「ダーリン」を聴くと、ふっと肩の力が抜けます。
あ、比べなくてもいいんだ。
僕は僕のままでいいんだ。
他人になろうとしなくていいんだ。
そうやって、勇気と安心をくれる言葉です🍀
今年いちばん心に残った物語 📚
僕が今年いちばん心に残った小説は、木爾チレン先生の『神に愛されていた』です。
本作は、二人の女性の小説家、「冴理」と「天音」の物語です。
冴理は、天音に強いコンプレックスを抱き、時には殺意に近い感情すら向けてしまう。
けれどその天音の側は、冴理のことを「神」とまで認めていた。
それが分かったときには、すべてがもう手遅れだった。
この構図があまりにも残酷で、あまりにも現実的で、僕は泣きそうになりながら読みました。
現実の世界でも、きっとこういうことはよくあるのだと思います。
自分が一方的に嫌っていた相手が、実はずっと自分を尊敬してくれていた、なんてこと。
才能には限界がある。
そう思わされる場面が、この物語にはたくさんありました。
僕は昔、サッカーをずっとやっていましたが、「ずっと楽しく続ける」ということはやっぱり簡単ではありませんでした。
好きだったはずのものが、いつの間にか比べるものになり、苦しむものになってしまう。
今、僕はこうして楽しく書きたいものを書いています。
でも、いつか僕も「冴理」のように、誰かの小説と自分の小説を比べて、嫉妬してしまう日は来るのでしょうか。
もしそんな日が来たら、そのときはまた「ダーリン」を聴いて、
「比べなくてもいいんだよ」と教えてもらおうと思います😅
そしてもう一つ、個人的にとても嬉しかった話があります。
木爾チレン先生がこの作品を、ヨルシカの「斜陽」を聴きながら執筆されていた、という話を知りました🎶
実は「斜陽」は、僕が「晴る」の次によく聴いていた、大好きな曲です。
それをまた、大好きな作家さんが執筆中に聴いていたなんて、勝手に運命を感じてしまいました。
……もちろん、ただの偶然なんですけどね。
僕は『みんな蛍を殺したかった』の頃から木爾チレン先生の作品が大好きで、
これからもずっと応援したい作家さんです✨
なぜ人は意味を欲しがるのか 💭
人は、世界をそのまま受け取れない生き物なのかもしれません。
出来事をそのまま受け取るには、世界は少しだけ冷たすぎて、雑音が多すぎて、理不尽すぎる。
だから人は、出来事を言葉に変え、物語に変え、意味を与えます。
それは世界のためではなく、自分が立ち続けるためなのだと思います。
意味は真実ではないかもしれない。
でも、支えにはなる。
終わりに 🌙
来年もきっと、僕は言葉に立ち止まり、意味を考えすぎて、勝手に疲れていると思います。
でも、それでいいのだと思います。
そうやって、書いて、考えて、迷って、また書いて。
その繰り返しで、たぶん生きていきます。
僕は、過去を歴史という物語に変えて生きていきたい。
今年もありがとうございました。
良いお年を❤️

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