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漫画『ミステリと言う勿れ』の久能整くんが教えてくれる、“人の弱さ”と“優しさ”の本質

日本人は、人間は強いものだと信じすぎている。
本当は、誰もが弱くて、繊細で、壊れやすい存在なのに。
その「強さ」への幻想が、やがて“根性論”という考えを生み出してきた。

「我慢すればなんとかなる」
「耐えるのが当たり前」
「努力は裏切らない」

確かに、耐え抜く人はすごい。尊敬すべきことだと思う。
けれど、それを“当たり前”にしてしまう社会は、どこか間違っている。
苦しみながら笑っている人の姿を、「偉いね」と称えるよりも、
「無理しなくていいよ」と言える空気のほうが、よほど健全ではないだろうか。


🧠 『ミステリと言う勿れ』が描いた「我慢」という呪い

『ミステリと言う勿れ』の中で、主人公・久能整は汐路にこう語っていた。

「弱くて当たり前だと、誰もが思えたらいい。」

この一言に、整という人物の哲学が凝縮されている。
日本では「弱いものは負け」「壊れたら退場」という価値観が根強い。
一方でアメリカなどでは、「人間は誰しも弱い」「病むことも倒れることも当たり前」という認識が広がっており、
だからこそカウンセリングやメンタルケアが日常的に行われている。
整はそこに、日本社会の「弱さを認められない空気」を見抜いていたのだと思う。

本当の強さとは、痛みを隠すことでも、耐え続けることでもない。
弱さを受け入れ、支えを求める勇気を持つこと。
整くんの言葉は、その当たり前を思い出させてくれる。


🏫 整くんが語った「いじめ」の本質

作中で整くんは、いじめについてこう語っていた。

僕は常々思ってるんですが…
どうして いじめられている方が 逃げなきゃならないんでしょう?

欧米の一部では いじめている方を 病んでると判断するそうです。
いじめなきゃいられないほど病んでる。
だから 隔離してカウンセリングを受けさせて 癒すべきと考える。

日本は逆です。
いじめられている子を なんとかケアしよう。
カウンセリングを受けさせよう。
逃げる場を与えよう。

でも逃げるのってリスクが大きい。
学校にも行けなくなって 損ばかりする。

DVもそうだけど どうしてなんだろう?
どうして被害者側に逃げさせるんだろう?

病んでたり 迷惑だったり 恥ずかしくて問題があるのは
いじめてる方なのに。

みんなが そういう考え方になればいいと思う。
たとえば歩いてて 知らない人に殴られたら すぐ周りに言うでしょう?

それと同じように 親や先生に
「あいつにいじめられたよ」
「あいつ病んでるかもしれないから
  カウンセリング受けさせてやって」

隠さずにそう簡単に 言えるようになればいい。

まさにその通りだ。
日本では、被害者が逃げることを“仕方ないこと”として扱う。
でも、本来おかしいのはそこではない。
整くんの言葉のように、病んでいるのは「いじめる側」だ。
いじめなければいられないほど、心が歪み、弱っている。
本来カウンセリングを受けるべきは、加害者のほうである。


📰 いじめのニュースを見て、ずっと思ってきたこと

僕はいじめのニュースを見るたび、ずっと思っている。
なぜ、学校はいじめを隠すのだろう?
学校の評判を守るため?でも、隠したところでいつかは必ず明るみに出る。
むしろ、隠したことで信頼を失い、評判はもっと落ちるはずだ。
ばれないとでも思っているのだろうか?

僕は、いじめが発生したとしても、学校そのものに“全責任”があるとは思っていない。
もちろん、教師がいじめに加担していた場合は別だ。
だが、多くのいじめは教師の目を盗んで行われる。
そう考えると、学校側も被害者の一面を持っている。
むしろ僕は、学校側が加害者に対して「学校の名誉を傷つけた」と訴えても良いくらいだと思う。

それなのに、日本では“いじめが起きたら学校が謝る”のが常識になっている。
僕はそこに強い違和感を覚える。
まるで「学校教育だけでいじめを防げる」と信じているようだ。
でも、いじめは社会の縮図であり、人間の弱さそのものから生まれる。
教育現場だけで完全に止めるのは、正直、不可能だ。

むしろ、「いじめが起こったら、すぐに公表する学校」こそが、
本当の意味で“良い学校”だと思う。
隠さず、向き合い、再発を防ぐために議論できる場を持つ。
それが信頼を取り戻す唯一の道だと僕は思う。


🌱 強さとは「耐えること」ではなく「生き延びること」

人間はそんなに強くない。
でも、だからこそ助け合い、支え合える。
誰かが泣いていたら、泣いてもいいよと言える。
誰かが逃げたいなら、逃げていいよと言える。
そういう社会こそが、本当に“強い社会”なんだと思う。

「我慢はえらい」ではなく、
「生きていてえらい」
そう言える空気が、日本にもっと増えてほしい。


🕊️ 僕が整くんの言葉で共感して思ったこと

僕はいじめを受けたことがないので、被害者の本当の気持ちは分かってあげられないかもしれません。
只、逃げることは決して悪いことではありません。むしろ自分を守れて偉いと褒め称えたいくらいです。

現実ではどうか分かりませんが、ドラマとかでよく、「いじめられているなら言い返せばいいじゃないか」という人が出てきます。
僕はこれを見るたびに、言い返せるほどの人ならいじめなんて起きていないと。なぜ分からないんだろうと。
もちろん言い返せたら一番良いです。でもいじめられている人にそれは無理だと思う。

例えば、目の前に熊がいるとします。その状況で、「あ、くまだ!戦おう!」ってなりますか?なりませんよね。誰でも逃げます。
中には戦うという変わった人も居るかもしれないですが、たいていの人は逃げると思います。
いじめっ子を熊だと思って逃げても良いと思います。
世界全体が逃げを良い事となってくれたら良いですね。

逃げない事で成長できることもあるでしょう。
しかし、いじめからは逃げないほうが成長できません。トラウマになるだけだと思います。
だから逃げて良いと思います。

僕が整君の言葉で共感して思ったことです。

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ブログ初心者なので暖かく見守っていてもらえれば嬉しいです。
また、ハーメルンにてニ次小説を書かせてもらっています!
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