MENU

ヨルシカ「春泥棒」― 春は、静かに盗まれていく🌸

お久しぶりです😊
気づけばもう春も終わりに近づいてきましたね。🌸

ということで今回は、春の終わりにぴったりなヨルシカの「春泥棒」という楽曲について書いていきたいと思います。


この曲を一言で表すなら、
「春の儚さ」を歌った物語だと思います。

高架橋を抜けた先。
木陰に座って、ただ風を待つ。🍃

特別なことは何も起きない。
ただ、花が散っていくのを眺めているだけ。

でもその時間は、なぜか息をするのも忘れるくらい静かで、
言葉にするのも億劫になるほど、完成されているんですよね。


この曲の魅力は、
“春が過ぎてゆく様子”をここまで美しく描いているところだと思います。🌸

ただ会って、
ただ座って、
ただ同じ景色を見る。

それだけなのに、
その一瞬一瞬が、やけに大切に感じる。


でも、春は残酷です。

どれだけこの時間を大事にしても、
どれだけ「まだ散るな」と願っても、
確実に終わっていく。

花は一枚ずつ減っていき、
やがて「あといくつ」と数えられるほどになる。

そして最後には、
葉だけが残る。


この曲の中で、僕が特に好きな一節があります。

愛を歌えば言葉足らず
踏む韻さえ億劫
花開いた今を言葉如きが
語れるものか

楽しい時間や、大切な瞬間ほど、
言葉にしようとすると足りなくなる。

むしろ、言葉にすること自体が野暮に感じてしまう。

この曲は、その感覚をそのまま表現しているんだと思います。


そして、この曲の一番すごいところは、
桜という言葉を一つも使わずに、ここまで“春”を表現しているところだと思います。

直接的な言葉がなくても、
花びらが舞う光景や、春が終わっていく空気感が、
はっきりと伝わってくる。

むしろ、言葉にしないからこそ、
ここまで美しく感じられるのかもしれません。


そしてもう一つ、心に残っている歌詞があります。

あともう少しだけ
もう数えられるだけ
あと花二つだけ
もう花一つだけ
ただ葉が残るだけ、はらり
今、春仕舞い

耳で聴いているだけなのに、花びらが散っていく光景が浮かぶ…🌸

少しずつ、確実に春が終わっていく。
その終わりが「見えてしまう」感覚。

そして最後の「春仕舞い」という言葉。

ただの“終わり”じゃなくて、
どこか優しく、静かに幕を閉じるような響きがありますよね。

春が終わることすら、
こんなにも綺麗に表現できるのかと、正直驚きました😆


だから僕らは、
何かを語るよりも、ただそこにいることを選ぶ。

ただ風を待ち、
ただ花が散るのを見ている。🍃


それでも、今日もまた会いに行く。

春が終わると分かっていても、
その終わりの中にいたいから。


気づけば、春は盗まれている。

でもきっと、
その“盗まれた時間”こそが、一番綺麗なんだと思います。

年々、春が短くなってきているように感じます。
だからこそ、春の儚さを歌うこの曲は、より一層心に響くのだと思います。🌸

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

好きなことを言葉で繋ぎます!
ブログ初心者なので暖かく見守っていてもらえれば嬉しいです。
また、ハーメルンにてニ次小説を書かせてもらっています!
詳しくはXで!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次