小説やブログを書いていると、いつも頭に浮かぶことがあります。
――日本語、難しすぎじゃね?💦
書きたいことは確かにあるのに、文字に起こそうとすると迷う。
「この表現で合ってるのかな?」
「この漢字は“意思”だっけ、“意志”だっけ?」
たった一文字の違いで、意味が少し変わる。そんな瞬間に出会うたび、日本語の奥深さと同時に、そのややこしさに振り回されます😵
漢字の落とし穴✍️
例えば「見る」「観る」「視る」。
どれも「みる」なのに、使う場所を間違えるとニュアンスが大きく変わってしまいます。
- 映画を「観る」🎬
- 風景を「見る」🌄
- 相手の心を「視る」👀
頭では分かっていても、文章の流れに自然に落とし込むのは意外と難しいんです。
助詞の魔物👻
さらに厄介なのが助詞。
「は」と「が」の使い分けひとつで、文の印象はまったく違うものになります。
- 「私は疲れているんだ」😮💨
- 「私が疲れているんだ」💢
前者は落ち着いた事実の説明。
後者は“他の人じゃなくて、この私が!”という主張や反論のニュアンスが強まります。
ほんの一文字なのに、ここまで受け取られ方が変わる。
正解はひとつじゃないけれど、だからこそ悩ましいんですよね🤔
難しいからこそ、面白い✨
難しいから、面倒くさいから、嫌になることだってある。
でも、言葉を選ぶその時間にしか生まれない何かがあるのも確か。
「難しすぎじゃね?」とぼやきながら、気づけば今日も日本語で物語を書いています📚
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